ちょっと良い事ありますように 俺のサッカー人生
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俺のサッカー人生

まず、自分が行く小学校でサッカークラブがあって、紫光クラブの所属の先生がいてかなり強いクラブだった。

自分が所属した1年前は、紫明サッカークラブはハモリさんという家族が長男、次男、次女の女性の小学生を所属してまで強いチームだった模様。

俺が紫明のサッカーチームに参加したのは、剣道かサッカーか何もしないの一択だったので、金のかかる剣道をやめた。

はじめは紫光クラブの先生が指導してくれていて、先輩の近藤さんからサイドキックを教えてもらったりして順調だったんだ。

小四で初めて試合に出たのが、紫チームと戦う、京都教育大学附属の小学校で行われた試合。

自分はセンターフォワードで、玉を蹴ったけど。

全然無理みたいな試合で負けたような。全く動けてない私たちのチーム。

動けるのは、自分、北川、桐谷、河村の三人で、後のはうろうろしてるだけで。

この次の年から、4-3-3-1の攻撃的なポジションなるも、攻撃陣に才能ある人が北川君だけ。

この四人が、攻められる時に他の人は 動いてくれない。

俺は、ハーフで、動けるだけ動いたような感じ。

守備と中継ぎは必死だった。今から思えば攻撃もしたら結果変わってたな。

ここら辺から、諦めて俺は守備一徹でゴールを割らないように、動き回った。

反省点は。ここからでもゴールできるなら、守備からでも前線に出て攻めるように行けばよかったと。

それで、次の年度からは、動ける選手がいない。

このクラブの運動量についていけない選手だらけでみんな辞めていく。

まあ、俺から言えば、その時は辛い。

まあ、そこらへんにいる小学生だからね。


そこからの、キーパーが止めてしまって、なんでもできる運動量の多い俺がキーパーになってしまって。

このチームが終わったんかな。

俺が、この小学生の紫明サッカーチームは今ないので。


それで、中学生になって。サッカーの関西選抜(中学のクラブよりクラブチームの方がレベルが高かった)の人たちとサッカーするよになり、お前才能あるから、一緒に紫野高校に行って、俺たちとサッカーしようぜと言われて、普通に紫野高校に行ってサッカーしているとおもたら、全然ちがう高校に飛ばされて。サッカーと違う世界に行ったのさ。



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